Ray-Rou

朝目覚めると、空調の設定温度の低さを恨む日が増えてきた。

老いと引き換えに得た年月は、時として後ろを振り返る瞬間のきっかけをも増やしてくれる。

空を覆い尽くす深い雲の連なる隙間に、ポツポツと見える明るさの部分。

それが一瞬なのか、ひとつの塊なのか、無限に広がる大海原なのか、判断のつかないままに闇雲に自信を見失わないことだけを信じて祈り続ける。

数年に及ぶそれらの事象から、気がつけば「そういうことだったのか」と気付かされた時にはさらに数年を要し、そんな自信のちっぽけさに顔を赤らめる。

繰り返し創造する新たな事業には、弱さと老いと闘い続けたいという儚い想いもあるのかもしれない。

玲瓏とは、透き通り曇りのない様を言う、、、

長月の空はまさに玲瓏さそのものである。

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Come again

岐阜、そして神戸へ。

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How we live

慌ただしく駆け抜けた週の始まりは、無事に最終の搭乗案内を聞くところまで来た。

それぞれの想いを紡ぐ群衆に紛れる事が目的だったのだが、それは稀有な出来事と感じない年齢の自身がいる。

哀しみが大勢ではあるのだろうが、生物としてのある種の順番からすれば、語弊はあるものの順当ではあるのだろう。

迎える当事者の心中を推し量るまでもないものの、彼らの想いはまた何処へ馳せるべきなのか、現実世界がまた、それらの想いも複雑にする。

故人達がどう生きてきたのか、もしくは、どう生かされ誰に必要とされ、誰を必要としたのか、自身に残されたどれくらいかの時間にトレースする。

さぁ、帰ろう。

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Blue sky

数日間の突然の寒さに随分と身をすくめてからの卯月の好天。

少し汗ばむ程度ではあるが、やがてくる暑さを予感させるのには十分なほどの暑さである。

決算までの折り返しの月、、、普段であれば、改めて薄らぎ行く油断を引き締めるための区切りの月だけなのだが、旧知の友人たちの栄転の区切りに半期の折り返しを多少意識しない数日を過ごした。

10代の終わり、学友たちとの自意識過剰なほど社会という不安の中に放り出される感で散り散りになった別れ。それは永遠の事のように相手の不安なのか自分の不安なのか混同するほどの寂しさ。例えそれが、ほんの僅かの別れであっても。

それから四半世紀。

多少なりとも生きながらえさせられた自身があるからか、案外受け止めることが容易になった気がする。

それでも変わらない心の奥底の僅かからは、あの当時の相手に対し当時の背丈の自身の心を重ね合わせ、余計なお世話の説法を解く。

烏滸がましいほどの目線から、、、

それでも伝えたい僅かに残る自身の心の蟠りを、相手の向こう側のあの頃の若者へ。

若者と初老、狭間にある盾と矛

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Seto Inland sea

熊本18時発、大分臼杵港経由八幡浜港、高知市内着翌7時現着、、、

平時の同工程所要時間の約倍の時間、、、

睦月1番の出張に感じる、

「報われない事象は何一つない」

という想い。

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Christmas

師走に入り4度目の都参りの終日である。

実勢の数字とは裏腹ではあるものの、こころおどるもの、、、?

いや、確かに喜びの多いのも事実だが、年の瀬を前にまさか、歳を重ねることを身体で実感せざる得ないとは、、、

こんな師走も27日の都日参で最後である。

総移動距離は延べ2万キロ弱くらいなら、日本担当のサンタクロースと同じくらいは移動してやしないかと、雲天の暗がかった空に思いを馳せる。

Have a happy holiday

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Critical situation

此処東京はどんよりとした空模様。まぁ霜月らしい、田舎のイメージの東京らしい空で有る。

毎週初めの関東近県への出張もまだまだ続く予定では有るが、肉体の団練と同時並行の精神修行の賜物か、危機対応能力がかなり研ぎ澄まされてきた気がする。

詳細は割愛するが、無事帰りのフライトに間に合うのか、、、

詰め込んだスケジュールの悪さに自問自答しながら過ごす2時間は、またまた、天が与えた時間なのだろうと感じずにはいられない。

いつまでたっても、与えられる物事の多さに感謝する本日である。

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old man

船上パーティー!とは相ならず、独房で過ごす12時間のはじまりである。

納品の為関東の某所へ、、、陸路だと18時間弱の指示、、、

選択肢は多くなかったものの、フェリーの選択は必然である。

何故なら、四十路も数年が過ぎ去り自身に一抹の不安を考えることは、これもまた必然である。

とにかくどう過ごすか、、、これもまた先の思考同様、必然の答えが有るのだろうか。

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Nihon-Kai

冬の顔と言う自身の勝手な想像力の低さに辟易し、帰路の飛行機の時間までの3時間程度にも辟易し、能登半島を後にする。

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True colors

暑さの感じ方が正確になってきた。
つまり、具体的に何を持ってして熱を暑さと感じるのだろう。または、自身の体温と比較して、どの位の感覚を超えると其れを危険な暑さと感じるのだろう。
正確になったと書いたが、つまり自身の場合延髄部、首の深部を熱源として体全体の機能がセーブモードに入りかける感覚を最近感じることが多い。
でも、目前の亡骸には恐らくそのことすら意識するすべは喪失しているのかもしれない。

記憶は時として不正確な物語の始まりではあるものの、28の歳の頃から互いに承知しているはずである。ブレーキの効かない半人前からすると当時は、大変大人なんだなと感じた記憶が鮮明にある。
年齢的にも時代背景的にも、何に惹きつけられ受け入れてもらったのかは定かではないが、確実に結果一方的な愛瀬の形だったのかもしれないが、共有する時間は長く、共有する物事の深度は深まっていった。

幼少期の人となりは、まったく想像はつかないものの、気のせいなのかもしれないものの、自身が近い年齢になったからかもしれないが、冗談交じりに放たれた多くの言葉の中で唯一聞き取れた言葉に若い頃の姿を感じたのは、大袈裟ではない正直な感想で有り、悔しいが今まで費やした時間の中で初めて、同じ感覚を感じ会えた気がする。

別れ際に握りしめた手の温度は、自身の今の温度とどの位一緒で、どの位違うのか聞いてみたかった気がする。

無責任なもので、この勝手な感傷をもっと形にできなかったのか、結局この数ヶ月間抱いていた葛藤も、未解決のまま迎えるのだろうことも、その通り想像のままである。

ありのままに生きる方法、何を残し、何を清算するのか、、、
きっと最後まで苦悩したのだろうけれど、澱みない自身の今のこの感覚は、きっと受け入れてもらえてるんではないかと、今は素直に感じている。

今日は少しだけ雲が多く過ごしやすいかもしれない、、、

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