起源説に纏わる神秘のたびへ・・・・
昨日は、自身の遺伝子学上の系譜ともども、午前中より無信仰の人々の群れ同様に社へ向けて頭をたれる。
母とその姉と自身とで出かけることなど、凡そ特別なことでもない限り今まで実現することなどなかったのだが、自身の老齢化なのか、デオキシリボ核酸の数基配列に忠実に従うべく行動なのか・・・・理由は別にして、自身より今回の外出を提案する。
私からすると叔母に当たる母の姉からは、諸般の事情により相当の愛情を頂いて育ってきた気がする。そして自身の中では必然のごとく母同様に重要なファミリーだと認識している。正確には存じないが、幾多の病魔を乗り越えた現在70数歳ではないかと推測されるその生き様は、そのまま今我々がその存在を依存する国家建設のプロセスそのものではないのかと感じずにはいられないほど「生きる」力を感じてしまう・・・。決して、生かされるものではなく・・・。
どれほど自身の人生の構成ファクターとして重要なのか、つい最近まで気づかないほど親不孝な自身でさえも、もはや彼女らが自身のために費やしてくれた壮年期を、帰られないほど全力で注いでくれた愛情の一片ぐらいは与えてあげたい・・・・そう感じる2010年お正月の某日である。